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御巣鷹の尾根

平成25年8月3日(土)晴れ
 
群馬県上野村
 
群馬県の山

御巣鷹山(御巣鷹の尾根)

 

平成25年8月3日(土)晴れ

群馬県上野村

 

1985年(昭和60年)8月12日、東京から大阪に向かっていた日本航空123便が群馬県上野村の御巣鷹の尾根に墜落しました。この原因(真相)は、疑問点も多く、いまだ確定していないと思います。

それは、ともかく慰霊登山のため、初めて墜落現場へ行くことにしました。前々から遺族の慰霊登山のニュースを見て、是非訪れてみたいと思っていた山(場所)でした。

前日は仕事の関係で遅くの帰宅となったが、帰宅後すぐに準備をして必要なものは車に積み込んでおき、就寝した。すこししか眠れなかったが、深夜の1時30分に起床し、1時36分に出発し、関ICへ1時51分に入りました。そして、美濃関JCT、土岐JCTを経て、2時39分に恵那峡SAに着いた。ここで食料を仕入れて、2時53分に出発した。途中、眠くなってきたので休憩しようと、駒ヶ岳SA、小黒川PA、辰野PAなどへ入ったが、いづれも満車で休憩できず、4時15分に諏訪湖SAに着いたのであった。ここで、10分ほど仮眠し、4時36分に出発した。4時40分に諏訪ICで高速を降りました。高速料金は、2,050円です。

あとは、国道299号を北上して、麦草峠、十石峠を通って上野村へ行くルートです。高速を出てすぐに給油しました。これから峠を越えていかねばならないし、上野村は山奥だからスタンドがあるとも限らない。ここで、給油しておけばあとは給油しないでも帰れるだろうという計算でした。

麦草峠へ行くメルヘン街道はすばらしい道だ。別荘地が点在している。大変涼しくて「こんなところに長期滞在していたらいいだろうな。」などと考えながら、クネクネの坂を登っていく。

 

 

そして、麦草峠に来ると、なんとここは標高が2,100mである。涼しい筈だ。とても窓を開けては走れない。麦草峠は八ヶ岳を横断しており、近くには白齣池や高見小屋(高見石)、丸山がある。北へ向かえば縞枯山、南へ向かえば天狗岳である。

 

 

 

公共の駐車場とトイレがある。また、路肩が広く10台ほどは駐車出来そうな広場が数カ所ある。

 

 

 

さらに白齣池有料駐車場(普通車500円/台)もあります。帰りに時間があったら、散策してみようと思った。

 

 

 

さて、この峠で茅野市と佐久穂町の境となる。佐久穂町は名前からすると八千穂村と佐久町が合併したのであろうか。峠から下っていくと、「八千穂高原」であり、「日本一の白樺群生地」という看板が目に入る。

 

 

これも帰りに立ち寄ることにして、先を急いだ。峠を下りきると左折して、小海線に沿う国道141号をしばらく北へ走り、今度は右折して、再度国道299号に乗って十石峠へと登っていく。

 

 

 

 

 

この途中に「乙女の森」という生活環境保全林がある。古谷渓谷という看板もある。素朴な感じがして、なかなかよい所である。「乙女の滝」もあったので帰りに寄ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

十石峠には大きな展望台があった。また、駐車場とトイレもある。これならここでも車中泊出来そうである。展望台に上がってみると、さすがに展望がすばらしい。

 

 

 

 

この十石峠から下りかけると、通行止めのバリケードがあった。ちゃんと迂回路があるからよかった。迂回路は林道矢弓沢線という。全線舗装路との看板もある。安心して迂回路へ進入した。この林道を下っていくと、上野村の中心部となる。

 

 

 

 

 

 

7時20分に待ち合わせ場所の道の駅「上野」に着いた。集合時刻は8時00分であったので、もちろん誰も来ていない。さっそく、朝食の準備をした。恵那峡SAで購入したおにぎりと、お湯を沸かしてカップラーメンを食べた。その後、トイレ休憩などしながらサマーベッドに横になっていると、K氏が到着した。久しぶりの再会に話が弾む。御巣鷹の尾根に行きたいと言ったらすぐに同行を賛成してくれて、今回の合同慰霊登山となったのである。

御巣鷹の尾根の登山口に通じる林道は、災害復旧工事のため通行止めであったが、慰霊登山のために8月1日から18日までは通行止めを解除してくれるという。ただし、通行止めの解除時間は、9時00分から16時00分までという。8月19日からはまた通行止めとなり、9月21日まで工事がかかるようだ。秋にはまた登山できるようになるだろう。

そんな状況であるから、集合時刻も8時00分にしたのである。さて、1台に相乗りして、8時20分に道の駅「上野」を出発した。そして、「御巣鷹の尾根」の案内看板に従って、登山口へと向かった。だんだん狭くなる道を上がって行くと、工事現場を通過し、8時56分に登山口の駐車場に着いた。

 

 

 

駐車場は2段にわかれており、それぞれに7台から8台くらい駐車できる。上段はすでに満杯で我々の車が最後の1台であった。我々より後の車は、下段に駐車することになる。しかし、もう下山してくる人もいるので、車は、順次入れ替わることになる。

 

 

さて、我々は、9時06分に出発した。登山口には記帳簿と杖がある。我々も記帳しました。スゲノ沢沿いに登っていくが結構急な登りである。登山道(参道?)は、よく整備されているが、この坂では高齢者は大変であろうと思う。

 

 

9時10分に「スゲノ沢のささやき」という場所に着いた。説明文があるのでそれを読む。9時13分にここを出発した。

 

 

 

 

 

 

9時26分に案内板がある分岐に達した。どちらをとっても「昇魂の碑」に到着するようなので、時計回りに周回することにした。所々に墓標が建てられています。ご遺体の発見場所なのでしょうか。それぞれの遺族の方は、お花や線香をあげているのでしょうか。

 

 

 

 

そんな坂道を上がっていき、9時35分に「昇魂の碑」に出ました。ここで、線香を供え、ご冥福をお祈りしました。

 

 

そして、さらに上部へ登りました。「遺族の碑」や「遭難者遺品埋設の場所」がありました。

また、黒こげの木もありました。焼けた木の中から新しい若木も育っていて、年月の経過と生命の営みに何とも言えない感情がこみ上げてきます。

 

 

後の山の端を見ると、「U字溝」がくっきりと見えます。墜落するときに機体が当たって削られた場所だということです。

 

 

 

下山は、林間登山道を通りました。こちらの方にもたくさんの墓標がありました。10時21分に案内板のある分岐に出ました。周回して来たことになります。ここからは、往路を下ります。10時28分に「スゲノ沢のささやき」を通過し、10時31分に登山口に戻ってきました。下山中にも多くの遺族の方々に出会いましたし、まだまだ車が上がって来るので、駐車場所を空けるためすぐに車をスタートさせました。林道でも上がってくる車とすれ違いました。

下山したら、浜平温泉「しおじの湯」へ入りに立ち寄りました。朝の時間帯なので空いていました。露天風呂もありゆっくりと入浴出来ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、今度は「慰霊の園」へ行きました。合掌をイメージしたという慰霊塔があります。ここでも線香をそなえお祈りしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、山腹に見えた「上野スカイブリッジ」に行きました。長さ225m高さ90mの吊り橋です。通行料は「往復100円/人」です。11時、13時、15時にはスカイブリッジからシャボン玉が出るというので、見学しました。なかなか見応えがあります。多くの人が見入っていました。

 

 

 

その後は、「野栗キャンプ場」へ移動して、お待ちかねの「ビールタイム」です。K氏は明日は早朝に出発だというので、アルコールは早く飲んで早くさまさないといけない。そんな訳で宴会は早く始めないといけない。「野栗キャンプ場」は龍神の滝の前にあるので、「龍神の滝キャンプ場」とも言うらしいが、施設は炊事場とトイレのみであり、料金は「1,000円/台」です。近くのは福寿草の群生地があるらしい。すでに3組ほどがテントを張っていた。我々は車中泊するつもりなので、テントは張らず、早々にパーティの準備をした。「もつ焼き」と「おでん」であとは缶詰であった。もちろんビールはたっぷり用意していた。13時ころから始めたが宴会は延々と続き、お開きとなったのは、19時過ぎであった。20時にはもう熟睡していた。

翌日は、4時30分に起床したが、K氏は3時に出発した後であった。私は、昨日の残りで朝食を摂り、5時00分にキャンプ場を後にした。上野村の天丸山に登る予定であったが、急遽、変更して往路で通った、「乙女の滝」を見たり、麦草峠付近の散策をすることにした。