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矢筈ヶ岳(562m)
笹間ヶ岳 点名:権現山(443m)
堂山(384m)
平成25年2月3日(日)晴れ
滋賀県大津市
このところ滋賀県の山へ通っているが、今日は大津市の湖南アルプスへ行くことにした。湖南アルプスの縦走を計画していたので、早朝4時00分に出発するはずが、寝坊してしまい結局家を出たのは5時32分であった。
天神川沿いの登山口から、堂山〜迎不動〜太神山〜矢筈ヶ岳〜笹間ヶ岳〜登山口という計画であったが、予定より1時間30分の遅れであったので、予定を変更して迎不動〜太神山〜矢筈ヶ岳〜笹間ヶ岳〜登山口と縦走して、時間があれば堂山へピストンするという計画にした。6時22分に関ヶ原ICから名神高速に上がった。そして、6時44分から6時55分まで秦荘PAで休憩して、京滋バイパスへ入りすぐの瀬田東ICで下りた。下りてすぐの信号で左折し、県道16号線を道なりにまっすぐに進み、大戸川を渡ってさらに進む。そして、突き当りで右折して県道108号線に乗り、道なりに進むと、天神川を渡って、学校の前の信号に突き当たる。こここで左折して、県道109号線に移る。あとは、天神川沿いにさかのぼっていく。集落が終わると、県道も終点になるようで、道は極端に狭くなる。その狭くなった道をさらに奥へと進む。そうすると、富川道の登山口がある。
矢筈ヶ岳と笹間ヶ岳への登山口である。その手前に車3台が駐車できる広場がある。また、付近の路肩にも2〜3台は駐車できそうである。1台先客がいた。堂山は後回しに変更していたが、これより手前にあるはずの堂山登山口が見つからなかったので、ここまで来てしまったのであった。そんなわけで、ここに駐車して縦走することにした。
7時38分に出発した。富川道の登山口には、本願谷登山道は通行止めという看板があった。たしか自分の今日の登山ルートには本願谷はなかったと思うが、本願谷の位置が看板で見ても、イマイチよくわからなかった。
富川道は下山してくるルートなので、まずは、舗装の林道を歩いていく。
7時48分に「迎不動」に着いた。ここにはトイレもあり、路肩が広くなっており、車は4〜5台駐車できそうである。ここからは、鎧ダム・堂山への登山道が分岐していたが、堂山は後回しにしていたので、このまま舗装林道を上がっていった。7時55分にはヘアピンカーブがあり、この先林道ゲートにはゲートがあって通行できない。ヘアピンカーブには駐車広場がある。この広場には10台以上駐車できる。このヘアピンカーブからまっすぐに登山道が延びていた。地形図による破線の登山道である。それで、そちらへ行って見ると、ここにも本願谷登山道は通行止めという看板があった。その先はロープで通せんぼがしてあった。また、谷へ下りる鉄はしごがあったので谷へ下りてみたがその先に登山道は見当たらない。やむなく引き返し、林道へ戻ってゲートを抜けてさらに先へ上がることにした。ちょうど、ゲート前に広場で掃除している人がいたので尋ねると、その登山道は旧道であり、この上流にダムができたので、いまは付け替えられたという。舗装された林道を少し登ると、新しい登山口が分岐しているという。
それで、ゲートを越えて、舗装林道を登っていくと、8時03分に登山道の入り口に着いた。
なるほど、ここには「太神山不動寺2.2km」「太神山路傍休憩地2.5km」「枝町(バス停)3.8km」「瀬田川洗堰6.5km」という立派な登山道の案内がある。ここから登山道に入り、8時06分には天神川に架かる橋を渡る。反対側の左岸側を川下へ戻るように進んでから、いよいよ尾根へと取り付く。花崗岩の露出したざらざらの登山道である。8時17分に急登を終えて平坦路に出る。するとすぐの8時17分にはお堂の前に出た。
これが「中不動」のようである。さらに平坦路を進むと、8時20分に「三十三町」という石柱があった。登山道はこの先から階段の坂道となる。8時23分にはまた平坦路に出て、東海自然歩道の標柱と手製の案内図があった。また、すぐ先に大岩と神棚があった。これを過ぎるとまた平坦路になる。8時30分には坂道になり、8時32分に平坦路になる。このように坂道を登ると平坦路になったりの繰り返しで、たいへん登りやすい。そして、8時34分に「泣不動」に着いた。
この付近は平坦であり、8時37分に「三十?町」という石柱があり、ここから坂道になる。そして、この坂道を登りきったところに「矢筈ヶ岳」への分岐があった。
復路はここまで引き返してここから矢筈ヶ岳への縦走路へ入るのだ。さて、太神山への道は、ここから平坦路となり、やせ尾根をとおり、8時43分からは階段を登って、8時44分には登りきって平坦路になる。すると、8時46分に不動寺の入口である二尊門に出た。
門の両脇には二尊像が立っていた。二尊像の間を通り抜けると、ここからは階段状になり、8時49分には尾根を乗り越した。そして、8時51分に木橋を渡って、階段を登っていると、8時52分に「四十七町」という石柱を通過した。8時53分に階段を乗り切ると、そこには「不動寺塁代之墓地」があり、平坦路となる。8時55分に「四十八町」の石柱を過ぎると、8時57分に林道へ出た。
なんだ、ここには車で上がってくることができるのである。実際に車が2台も目の前を通過していった。林道へ出た分岐には「太神山路傍休憩地0.3km」「三筋溝5.1km」「太神山・不動寺0.1km」「枝町(バス停)5.9km」「瀬田川洗堰8.6km」という東海自然歩道の道標があった。さて、ここを9時00分に出発すると、9時01分に「四十九町」の石柱があり、不動寺の社務所や休憩所、トイレのある広場に出た。車も3台あった。不動寺の人は車で上がってくるということだ。
さて、ここから奥へと進み、急な石段を登ると、不動明王(不動寺本堂)がある。さらに、登っていくと、お堂があり、さらに登ると、奥の院がある。
その奥の院の手前左側に三角点(太神山、田上山 点名:不動寺 600m )がある。9時06分に到着である。展望はない。9時12分に下山した。矢筈ヶ岳への分岐までは往路を引き返す。9時16分に社務所広場を通過し、9時17分に林道から山道へ入る。9字18分に「四十八町」の石柱を、9時18分に「不動寺塁代之墓地」を、9時19分に「四十七町」の石柱を、9時20分に木橋を、9時21分に尾根乗り越しを、9時22分に「二尊門」を、9時23分に平坦路を、9時24分に階段を、それぞれ通過して、9時26分に矢筈ヶ岳への分岐に着いた。
ここから、往路を離れ矢筈ヶ岳への縦走路に入る。ここからいきなり下りとなり、9時30分に沢を渡る。すぐにもう1つの沢を渡ると、ここから登りに転じる。9時33分に尾根に出ると、あとは、アップダウンの尾根歩きとなるが、樹林のため展望はない。9時36分にピークを越える。
9時37分には「太神山 不動寺←→矢筈ヶ岳」という道標がある。東大津高校の山岳部がつけたらしい。
さて、縦走路をどんどん進んで、9時47分には本願谷への分岐に出た。「本願谷通行止め」の看板があったので、それとわかった次第である。そのため間違えることなく、縦走路を進み、9時49分には、また、「太神山 不動寺←→矢筈ヶ岳」という道標を通過した。
こうした配慮は、ありがたいことである。9時56分に「出合峠」に出た。
矢筈ヶ岳への登り口である。ここから縦走路を離れて矢筈ヶ岳を往復した。ぜーぜーと息を切らして急登を登り10時04分にピークへ出たが、山頂はまだ先らしい。10時05分に矢筈ヶ岳の山頂に着いた。
展望は1方向のみ開けている。10時14分に引き返した。10時18分に出合峠に下り立った。ここから縦走路を進む。
10時41分に「枝←→矢筈ヶ岳」の道標の場所を通過して、10時46分に沢へ下り立った。
ここは富川道であった。右へ下れば、御仏川原を通り、駐車した登山口へ。左へ登れば富川方面へ行くようだ。左へほんの少し登ると、笹間ヶ岳への分岐があった。
「笹間ヶ岳1.5km」「枝町(バス停)3.3km」「瀬田川洗堰6.0km」という東海自然歩道の道標があった。10時52分にここから笹間ヶ岳へと出発した。
10時54分に小さな池を通過した。さらに10時57分にも少し大きな池を通過し、10時59分には大きな池に出た。
こんな山中にどうして?と思われるような池である。さらに先へと進むと、11時03分に東海自然歩道の標柱を通過し、11時04分に砂の川原のような場所に出た。
「大谷河原」というらしい。「笹間ヶ岳0.3km」「枝町(バス停)3.9km」「瀬田川洗堰6.9km」という道標があるが、笹間ヶ岳までは1.3kmであるらしい。手書きで修正してあった。
さて、ここから右へ曲がって、沢の上流へと登っていくと、11時07分に源流近くになり石積みのえん堤がある場所に着いた。ここには「笹間ヶ岳←→矢筈ヶ岳」の道標と東海自然歩道の標柱があった。ここから階段の登りとなる。11時11分に尾根に出ると、東海自然歩道の標柱があった。さらに11時11分、11時13分、11時14分、11時17分、11時18分、11時21分に同じような東海自然歩道の標柱を過ぎて、11時25分にも東海自然歩道の標柱を過ぎると、11時29分には林道へ下り立った。
ここまでは林道が通じているのか。「笹間ヶ岳0.4km」「枝町(バス停)4.3km」という東海自然歩道の道標がある。林道を歩いていくと、広場があり、大きな田上山の砂防事業の説明板があった。
さらに「笹間ヶ岳0.3km」「枝町(バス停)4.4km」という東海自然歩道の道標から山道へ入る。11時34分に東海自然歩道の標柱を通過し、11時38分に笹間ヶ岳山頂の標柱に着いた。
標柱には「笹間ヶ岳頂上」「枝町(バス停)4.8km」「太神山 不動寺6.0km」「関津町(バス停)2.6km」という道標がついている。
目の前の大岩が山頂らしい。山頂の山名板が木につけてある。11時39分にこの大岩へ上がってみた。岩の上は平らになっており、ランチ休憩も出来る。岩の上に登れるように鎖とはしごがつけてある。岩の上からは素晴らしい展望である。
11時45分には下山した。11時49分に東海自然歩道の標柱を過ぎて、11時50分に林道へ出た。11時50分に林道から縦走路へ入り、11時54分に東海自然歩道の標柱を通過して、さらに、11時56分、11時59分、11時59分、12時01分、12時02分、12時03分と同じような東海自然歩道の標柱を通過し、12時03分にも東海自然歩道の標柱を過ぎると、ここからは階段の下りとなり、12時05分に大谷河原という砂の河原の端っこに下り立つ。河原を歩いて、12時06分に河原から山道へ入る場所に来た。12時08分に東海自然歩道の標柱を過ぎて、12時11分に大きな池に出た。そして、12時13分と12時15分にも池を通過して、12時17分に富川道の分岐へ下り立った。12時18分に矢筈ヶ岳への縦走路を見送り、御仏河原へと下った。
12時19分に東海自然歩道の標柱を過ぎると、すぐに御仏堰堤があった。
ここからはひたすら下るのみ。12時24分に「足元に注意して下さい 自然を大切に」という東海自然歩道の標柱を通過した。
沢の流れる岩盤や沢を下ったりして、12時36分に富川道の登山口へ戻ってきた。
予定より4時間早かったので、残しておいた堂山へピストンすることにした。車に乗り込んで林道をさか登り、「迎不動」まで来てここの路肩に駐車した。先客は2台であった。
すぐに準備をして、12時46分に出発した。まずは、天神川を渡って、鎧ダムへへ向けて登っていく。12時50分に「迎不動堰堤」に着いた。
ここに「鎧堰堤0.6km」の道標があった。さらに沢沿いに登っていく。12時54分に「鎧堰堤0.5km」、12時58分に「鎧堰堤0.4km」、13時00分に「鎧堰堤0.35km」、13時01分に「鎧堰堤0.3km」、13時03分に「鎧堰堤0.15km」の道標を通過して、13時07分に「鎧堰堤」に出た。
ここには「堂山・新免」「迎不動・不動寺」という自然の道、歴史の道の道標がある。さらに堰堤上部の砂の河原を歩いていくと、右岸側に「堂山」への看板があるので、13時14分にそこから山道へ入る。
支流が流れ込んでいるようだ。
13時18分に「自然の道、歴史の道」の標柱を通過し、13時20分に「堂山←→鎧ダム」の道標を通過すると、すぐ先で登山道は登り坂になる。13時26分に尾根に出る。そして、尾根を進むと、13時28分に分岐に出る。
ここには「堂山←→鎧ダム」という道標がある。目の前には目指す堂山が見える。花崗岩が露出し荒々しい感じである。ここから尾根を下って、向こうの堂山の尾根に取り付かねばならない。花崗岩のざらざらの滑りやすい尾根を下って、やせ尾根を渡り、堂山側の尾根を登ると、分岐に出る。
ここには、「堂山←→ダム↓新免」という道標がある。堂山は、まだまだ先に見える。岩場の尾根を歩いて、13時45分に手前のピークに達し、13時50分にやっと堂山山頂(384m)に飛び出した。すばらしい展望である。
時間がないので、13時56分には下山した。14時01分に手前のピークを越し、14時09分に新免への分岐を通過、14時15分には天神川への分岐を通過し、14時17分には尾根からの下り口に出て、急坂を下り、14時21分にダム湖の砂の河原の端に下り立つ。平坦地を歩いて、14時22分に「自然の道、歴史の道」の標柱を過ぎ、14時26分に広い砂原に出た。そして、14時29分に鎧堰堤に着いて、ここから沢沿いに下る。14時32分に「鎧堰堤0.15km」の看板を、14時35分に「鎧堰堤0.3km」の看板を、14時36分に「鎧堰堤0.35km」の看板を、14時37分に「鎧堰堤0.4km」の看板を、14時39分に「鎧堰堤0.5km」の看板を、それぞれ通過すると、14時41分に「迎不動堰堤」に着いた。もう登山口は近い。14時43分に天神川を渡って、14時44分に駐車地点に戻った。よかった、無事に下山できて。予定より、1時間30分ほど早かった。
すぐに車に乗り込み、帰路についた。15時23分に瀬田東ICから京滋バイパスに上がり、そのまま名神高速へ移って、ひた走る。16時12分に関ヶ原ICから流出し、途中で給油してから、17時20分に帰宅したのであった。