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午後からの出発では時間的に無理かと思ったが、日も長くなってきているからと、思い切ってこの「田代越」に出かけた。先週は、多度山から養老山まで縦走したが、そのときに田代池は通ったものの「田代越」の三角点を確認していなかったので、再度、出かけようという訳である。
長良川右岸堤防道路から、揖斐川の左岸堤防道路に乗り換えて、さらに国道258号に乗って南下し、右側の行基寺の大きな看板から右折する。そして、行基寺の駐車場の看板に従って急な坂道を登ると、行基寺の駐車場に着く。駐車場の脇にはトイレもある。この駐車場に車を止めさせてもらう。
出発は、14時21分、さて、17時までに帰着できるかどうか。まずは、駐車場から行基寺の方へ歩き、行基寺の大きな門を右手に見て、まっすぐに進むと、山道に入る。そうすると、すぐにお墓がある。その前をとおり、直進して、いよいよ藪へ突入する。最初は、山道があるわけではない。道なき林の中を踏み跡を探して登って行きます。トラバースしていくと、沢筋があり、樹林が粗いので、それを直登する。そうすると、14時37分に尾根に達した。尾根には明瞭な踏み跡があった。この道はどこから登ってくるのか、不思議に思いながら、左へとって先を急いだ。するとすぐの、14時39分に小さな社が現れた。石柱には「心講社」と刻んである。尾根上の道は、この「社」へお参りにくる道なのであろうか。「小社」の裏にも道は続いていたので、それをたどった。14時51分には左山から右山の道へと変わる。トラバース気味に登っていくと、いよいよ道はなくなり、右手の尾根に登ると、なんとこの尾根上にも明瞭な道があるではないか。14時59分にこの道に飛び出した。この尾根上の道を、左へと登ると、15時00分に送電線鉄塔に着いた。鉄塔からは南濃町方面の展望がすばらしい。鉄塔下には、中部電力の「西名古屋大垣線NO.39」と「西名古屋南大垣線NO.41」という案内板から判断すると、この鉄塔は「NO.40」ということか。そして、この道は鉄塔巡視路なのかも知れない。さて、道はこの先でいったん下り、先の尾根へと登る。15時09分には、また「西名古屋大垣線NO.39」と「西名古屋南大垣線NO.40」の案内板があり、すぐ先で尾根を乗り越す。道は、右山の道から左山の道へと変わる。明るい感じの平坦な道となり、すぐに立派な山道と合流する。これが、さぼう遊学館から登ってくる道のようだ。この合流点にも同じ「西名古屋大垣線NO.39」と「西名古屋南大垣線NO.40」の案内板がある。白い木柱にマジックで「行基寺←」と落書きしてある。さて、より明瞭になった道を登っていくと、15時14分に「NO.39」の鉄塔の下をくぐる。そして、15時17分にすばらしい展望地に出た。左の斜面が伐採されているため、南濃町や木曽三川の雄大な流れ、そして濃尾平野が一望できる。ここから尾根を乗り越して、左山の道となり、15時21分に「NO.38」鉄塔に着く。そばに「NO.37」と「NO.39」の案内板があるから、この鉄塔は「NO.38」とわかる。このように道は送電線の鉄塔をたどっていくことになる。15時28分には、手前は「西名古屋南大垣線NO.38」、左は、「西名古屋南大垣線NO.37」、直進は「西名古屋南大垣線NO.36」という送電線鉄塔案内板に着く。この分岐は、「No.37」鉄塔への登り口となっている。さらに左山で登っていくと15時32分には右側に植林の美林が現れが、すぐの15時33分には美林はなくなり、また、雑木林になる。そして、15時35分には分岐がある。鉄塔案内板は「NO.37」「NO.36」「NO.35」となっており、ここで「NO.36」の方へ登ったが、これが間違いであった。いままでの山腹のトラバース道と違って、尾根へ向かってジグザグに登っていく。すると、15時40分に尾根に飛び出した。そこに鉄塔があり、「NO.36」鉄塔であることがわかる。そして、送電線を目でたどると、いまの登ってきた方に「NO.37」鉄塔と、これから登る尾根上には「NO.35」鉄塔が見える。ここで間違いに気づき、貴重な時間を無駄にしてしまったと思いつつ、Uターンして急いで急な坂を下り、15時42分に分岐点まで戻った。正規の道である「NO.35」鉄塔の方へと進む。15時44分に鞍部を通過し、15時44分に「NO.36」と「NO.35」の鉄塔案内板を過ぎる。15時53分に尾根を乗り越し、道は左山になる。15時54分に鞍部を通過し、「NO.36」と「NO.35」の鉄塔案内板を過ぎると、道は左山の登りとなり、15時58分に分岐点に着く。鉄塔案内板は、左は「No.35」、手前は「NO.36」、右は「NO.34」となっている。「田代越」の札が木に貼り付けてあり、右へと登っていく。16時03分に「NO.35」、「NO.34」の鉄塔案内板があり、「みの山崎駅」方面への分岐点に着く。「田代越」の三角点は、左手の「みの山崎駅」方面へ行くのであるが、先日、縦走のときに通った分岐点を確認しようと、まずは、右手へ進む。すると、16時08分に左手の下に「田代池」が見えてきた。田代池は水田の稲のように草が茂っており、水面が見えない。あるいは、水がなくなり雑草の生えた湿地という感じに見える。そして、16時10分に問題の分岐点に着いた。先日の縦走のおりは、この三叉路を左から来て、右へと曲がって行ってしまったのだ。だから「田代越」の三角点を踏まずに通過してしまったということだ。さて、この分岐点からUターンし、16時18分に「みの山崎駅」方面の分岐点まで戻り、こんどはこの分岐を右へと進む。すると、16時19分に右手のピークへ登る入口がある。トラバース道が尾根道に変わるところであるし、木々に目印のテープが巻いてあるのでわかる。ここから踏み跡をたどって、16時20分に「田代越」三角点(639.9m)に着いた。やれやれだ。しかし、日は暮れかかっているので、ゆっくりもしていられない。16時23分には下山にかかった。16時24分には、登山道へと下りたった。16時25分に分岐点へ戻り、ここから往路を下った。16時26分には、「NO.35」鉄塔への分岐を過ぎ、16時29分には「NO.35」「NO.36」の案内板を通り、鞍部を通過した。そして、16時31分には尾根を乗り越し、16時35分に「NO.35」「NO.36」の案内板を通過し、16時36分に鞍部を過ぎる。16時38分に「NO.36」鉄塔への分岐を過ぎ、16時39分には、植林の美林を左に見て、16時40分にこの美林がなくなると、16時42分には「NO.37」鉄塔への分岐がある。そして、16時46分には「NO.38」鉄塔に着いた。16時51分には「NO.39」を過ぎて、16時54分にさぼう遊学館への分岐に着く。ここでさぼう遊学館の道から分かれ、右への道へ入る。16時56分に「NO.40」と「NO.39」の案内板を通り、17時00分に「NO.40」鉄塔に着く。ここからの見晴らしもよい。この先で、明瞭な道から離れ、右手へ下る。17時08分に「小社」に着いた。この先で明瞭な道から離れ、右手の雑木林へ突入する。そして、17時14分に墓地へ出る。17時15分に行基寺の山門の前をとおり、17時18分に駐車場へ着いた。何とか明るい内に下山できてよかった。
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